2017年8月12日土曜日

民衆の染織


チベットをはじめ、この国から北インド・ラダックやザンスカール、チベット文化圏の高地に移住した民衆が日常で使っていた十文字絞り「ティクマ」の染織。その最上のコレクションを自由が丘の「岩立フォークテキスタイルミュージアム」で鑑賞できます。上は僧侶・チベット仏教研究家・多田等観さんが厳冬期のラサで身体を温めていた毛布。100年近く前のものなのに、驚くほど状態が佳い。ご遺族が保管していたものを寄贈してもらったそうです。今回の展示では、いちばんの見どころ。


ラダックドレスも。館長・岩立広子さん、学芸員・廣田繭子さんの確かな眼を感じるセレクト。染織をより佳く見せる、魅せるための展示手法の、最高のお手本がここにある。布への深い深い情愛が伝わってきます。


服だけでなく、敷物など、家のなかのあらゆるものに、チベットの民衆はティクマをあしらった。諸説あるけれど、十字の交差点は、東西南北の中心であり、宇宙のエネルギーが集約されるところ。民衆は厳しい自然環境で生き抜くため、ティクマを身にまとい、そばに置いて使うことで、宇宙から活力をチャージしていたのではないかと、廣田さん。上はかつてのチベットでは珍しい龍柄の座布団。漢族の影響も想像される、この敷物の縁にもティクマが。龍の爪が3本は庶民、4本は貴族、5本は皇帝を象徴。これは4本なので、おそらく高僧が用いていたものかもしれないそうです。


展示のもう一つの見どころは中国・イ族の衣装(写真左側)。中国の少数民族の織物といえばミャオ族などの緻密な刺繍やあふれんばかりの色彩が僕の頭にはまず浮かびまずが、こんな無地の静謐なものが存在していたとは。静かで、普遍的な美に魅了されました。特に、テント生地のように分厚いフェルト加工のマントは、いかにも温かそうで、無作為が最高の美を創出するさまを力強く表しているよう。物はもの言わないけれど、美を雄弁に語りかけてきます。インドは80数回、イラン、シリア、アフガニスタンなど周辺国を長年旅して、伝統的に民衆がつくり出してきた美を見出し、集めてきた岩立さん。20年来、尊敬してきたパイオニアに、この日は2時間近くもお話しでき、すごい活力をいただきました。威張らず、謙虚で、眼が据わっている。こんな人に僕は会いたい。


LEICA M-E , SUMMILUX50mm ASPH. f/1.4